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執筆者の写真2025年研究会

2025年/各世紀の始まりの25年

更新日:2024年3月8日

各世紀の始まりの25年が第一光線の衝撃が強くなる…とある。人生を振り返って、確かに25年間、意思の力を発揮しようと頑張ってきた自分を思い知る。そして同時に、ここ数年「自分に意思があることは十分にわかったし、もう十分に発揮してきた。もういいかな移住先でのんびり読書したい…」と思っている理由が腑に落ちた。周囲には驚くだろうが、幼いころから20代半ばまで、私は意思が弱かった。自分が何をしたらいいのかーまったくわからない、周囲ばかり気にしている子供だった。


でもこの25年、確かに意志の力を鍛えるような事象が多かったし、自分の内にある第一光線のエネルギーを目覚めさせ、使ってきたように思う。


みなさんはどうですか?第一光線のエネルギーに反応してましたか?それとも翻弄されましたか?自分に第一光線(もしくは奇数光線)がなければ、プレッシャーがあって窮屈な25年だったかもしれませんね。






引用元 アリスベイリーの魂の光 The Light of the Soul P9-15

魂の光・アリスベイリーの序文~④

*この文章は研究会で朗読しやすいように多少の編集をしています。全文しっかりと読みたい方は必ずAABライブラリーから購入下さい。












2025年研究会資料4


この到来しつつある衝撃は(仏陀の時代と同じく) 第二光線の衝撃であり、例えばブラヴァツキーを生んだ衝撃であった第一光線の衝撃とは無関係である。 第一光線の衝撃は各世紀の最初の25年間に始まり、最後の25年間は物質界においてその最高点に達する。 ラージャ・ヨガと、この科学についての研究、そして人間の発達を促す規定への現在見られる関心の高まりは、第二光線の衝撃が強くなっている一般的な傾向を示すものである。この関心はますます高まるであろう。このようにして機会の日が到来するのである。

補足すると、魂の光が出版されたのは1927年。20世紀、最初の25年が終わるころに書いている。よって第一光線から、第二光線への移行をアリスは感じていたのだろう。


すべての学ぶ人々が手元に置くべき三冊の本がある。『バガヴァッド・ギータ』『新約聖書』そして『パタンジャリのラージャ・ヨガ経典』である。この三冊には魂とその開花の全体像が記されている。 パタンジャリのヨガ経典には、一般の善人、熱誠家、イニシエート、大師の段階を経て、キリストが現在到達している至高なる進化段階に至るまでの段階的な発達体系が順を追って展開されている。 愛弟子ヨハネは「私たちは御子に似た者となる。なぜなら、そのとき御子をありのままに見るから」と言った。物質界に転生している人間への魂の啓示は、常に大きな変容を引き起こす。 キリスト自身は「わたしが行う業よりももっと大きな業を行うようになる」と言って、私たちに「力と栄光の王国」の約束を掲げた。それを実現するためには、私たちの熱誠と忍耐は強くなければならない。 その結果、私たちは十字架への茨の道を歩み、変容の山の頂きへと続く「丘へと登る」 道を辿ることができるようになるのである。 しかし、どうしたらこの大きな変化を引き起こすことができるのであろうか。どうしたら欲求と低位性質の犠牲者である人間が、この世と肉と悪魔に勝利できるのであろうか。 それは、転生している人間の肉体脳が真我つまり魂に気づいたときに起こる。

パウロの言葉は「自分の内にある愛、神聖さをちゃんとうけとめなさい。そうすれば、そこにキリストがみつかる」という励ましに思えます。またキリストの言葉は「いま地上でグループ意識に目覚めているのは私だけかもしれないが、いつかは多くの人が目覚め、私(キリスト)がしていることよりも、もっと素晴らしい活躍をする人達がいるだろう」ということ。


「いやいや、あなたの影響力を超える人はなかなかいないよ」と思いつつも、キリストと同じくらい素晴らしい人達がたくさんいれば、善意/善行が当たり前すぎて、みんなその「偉大さに気づかないだけなら、それはもったいな」と思う。人の善意/善行がキリストの時代よりも花開いていることを、「より大きな業をしている私たち」と人々が自分を承認すれば、魂の時代がやってきてることは、誰の目にも明らかになるのに…。

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