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執筆者の写真2025年研究会

2024年ウエサク祭~Day6

アリスベイリーは亡くなる直前の演説で、とても重要な質問をしました。どうすればアーケンスクールを「生徒のグループ」から「ハイラーキーがより効果的に利用できるグループ」に変えられるかーと。And shortly before her death Alice Bailey addressed the headquarters group of the Arcane School and she asked them this very important question. The question she posed to them was how can we change the Arcane School from a group of students into a the group that the hierarchy can more effectively use.



Wesak Conference-NYで開催されているウエサク会議の2日目は、このような問いかけから3時間のコンファレンスが始まりました。


そして「グループ瞑想」の必要性が、登壇者や生徒から発言されたので、今日はその一部をご紹介します。


So I think it's our responsibility to make our life a meditative vehicle. And I thing too, like Frank and Kathy are saying, we've been given certain thought forms to concentrate the group thought on, you know, hierarchically sort of assigned. So, like Kathy's saying, building that group thought form by regular and rhythmic empowering of it, the more the better. That's what we're here to do. ーですから、自分の人生を瞑想的にすることは、私たち自身の責任です。ハイラーキーは私たちが「グループ思考」に集中するために、ある種の思考形態を与えたのでしょう。ですから、キャシーが言うように、規則的かつリズミカルにグループの思考形態の構築をエンパワーすることは、多ければ多いほど良いのです。そのために私たちは、今日ここに集っているのです。


誰かと一緒に瞑想するより、一人で瞑想したほうが楽ではあります。しかし、誰かと一緒に瞑想をすることで、集合時間に間に合うように努力したり、相手を気遣う気持ちだったり、何かしらの心の作用がおきます。


「だから一人のほうが楽だよなぁ、気をつかわなくていいし」


奉仕には犠牲が伴います。一人は楽かもしれませんが、誰かと一緒にすることは「一人が楽だなぁ」を超えて、自分と違う人とのつながりをつくる努力であり、それが愛の体験となり、その愛の心に、キリストは宇宙愛エネルギーを流入させるのです。


Through group meditation, we can vitalize thought forms that aid in humanity's evolution. ~個人やグループの瞑想を通して、私たちは人類の進化を助ける思考形態を活性化することができます。

魂はグループ意識であることを忘れてはいけません。共に瞑想する仲間への愛があって、つながりは強力になり、一人で瞑想をするよりも光の放射がパワフルになるのです。


私はウエサク会議での瞑想がとても好きなのは、画面越しにですが、同じ秘教学を学んでいる仲間たちが真剣に議論している姿に愛を感じるからです。「この人たち大好きだなぁ」と思う気持ちが、ウエサク祭での私の瞑想を特別なものにします。


DK大師は「2人~3人集まればハイラーキーのエネルギーは下降する」と言っています。それくらいの人数であれば、集うことは難しくはないでしょう。そのうえで、瞑想時間を同じ時刻にすれば、多くの秘教徒と主観的につながり、世界中の秘教徒と共に瞑想できます。


まずは身近な人たちとのつながり、そして更に大きなネットワークとのつながり。


As you know, thought is energy, and many of the obstacles that impede the reappearance of Christ are group -thought forms that feed the separatism and materialism of our modern world. Attitudes of nationalism, racism, and political polarization are powerful group thought forms that must be mitigated through group thinking and group meditation of spiritually minded individuals. ーご存じのように、思考はエネルギーです。キリストの再臨を妨げる障害の多くは、現代世界の分離主義と物質主義を伴う「集団思考の想念形態」ーナショナリズム、人種差別、政治的分極化の態度などです。霊的志向の強い個人が集うグループ瞑想によって、この分離的な集団思考は軽減されなければなりません。


キリストは「正しい人間関係」を伝えるために帰還します。キリスト意識に目覚めた者同士での「愛ある人間関係」のなかにキリスト生命は流れ込み、同じように集うグループとつながって、愛のエネルギーが広がっていく…


…そのようなイメージをもって、ウエサク祭の瞑想を過ごせたらいいですね。できれば3人~がよいですが、身近に同志をみつける努力もまた、奉仕の一環かもしれません。2025年には自分が属するグループが見つかっているといいですね。


ここに私が開催するウエサク祭の瞑想グループを紹介するのは、みなさんの熱誠に水を差しそうなので(笑)、みなさんが魂のグループと出会っていることを心から祈っています。






I think, for me, what I said is that the group meditation to me is so important because of the group thought forms, and we're surrounded by group thoughts forms. Some not so good, and I guess you need to match strength with strength. ー私にとってグループ瞑想がとても重要なのは、そもそも私たちは良くないものもある思考形態に囲まれて生きているので、内なる強さとを善き強さを(グループ瞑想によって)一致させる必要があるのです。

It's really important to form these positive group thought forms to counter some of the other negativity that's out there and it's can be powerful. I think that one of them tools that I like the most is the rhythmic points in the daily cycle, the monthly cycle the yearly cycle for when we link up at those points and perhaps use a meditation or visualization or a mantra and imbue it with our thought that then in our lives become more resonant with the planetary energies that are always available to us. ーこのようなポジティブな集団思考を形成することは、世の中にはある他のネガティブな考えに対抗するために非常に重要であり、それは強力なものになり得ます。その中で私が最も気に入っているのは、1日周期、月周期、1年周期のリズミカルな周期のポイントでつながり、瞑想やビジュアライゼーション、マントラを使って、私たち生命が利用可能な惑星のエネルギーと、より共鳴するーという考えを保持することでしょう。

And as such, when it is awakened, it bestows an invocative capacity. And also at the same time, a special responsibility, one which cannot be avoided. And this responsibility of service, as we read in the Tibetan's work, is not truly fulfilled. Of course, it's gradually fulfilled in stages, but it is really not really truly or ultimately fulfilled until one actually treads the path and finds their place within their group. In this case, their soul goup is what I'm speaking about. And consequently, when they find their places within that soulgroup as souls, they also their place also in this great chain of life and of being and spiritual energies which comprise our planetary whole and so in its purest sense service in the discipleship path has this in mind and it is service ultimately to the purpose of that great life who brought all into being this entire planet into being.ーそのように目覚めるとき、祈願の能力が授ります。そして同時に、避けることのできない特別な責任も伴います。そして、この奉仕の責任は、チベット人の著作に書かれているように、真に果たされていません。もちろん、段階的に徐々に成就していきますが、実際にその道を歩み、魂のグループの中で自分の居場所を見つけるまでは、本当に、あるいは究極的には成就しないのです。そしてその結果、魂としてその魂のグループの中に自分の居場所を見つけたとき、私たちの惑星全体を構成する、生命と存在と霊的エネルギーの偉大な連鎖の中にも、自分の居場所を見つけるのです。従って、弟子としての道における最も純粋な意味での奉仕は、最終的には惑星全体を存在させた偉大な生命の目的に対する奉仕だと、覚えておくことでしょう。







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